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2011年08月07日

行政書士 試験勉強 コラム

少々昔の話になるが、僕が司法書士を教えていたときの話である。それは昼間のクラスで皆、仕事を辞めて朝から夕方まで勉強していた。
始めの頃、態度のデカイやつがいたので、「どうしてそんなにデカイ態度をするのか」というと、彼は「僕は愛車を売ってここの金を払ってやってきた。だから、僕には勉強する権利がある」と答えたのである。
彼の受験生活は、1年後の試験の後、本当に倒れ込むようであった。それだけ頑張ったのである。惜しくもその年は合格しなかったが、次の年には余裕で合格していった。
初めて、法律の学習をした彼は、それまで当然のことながら、全くといっていいほど法律を知らなかったのである。
しかし、1年後には合格レベルに達していた。その努力たるや凄いものがあった。「流石、愛車を売っただけのことはあるわい」と思ったものである。
今は、人を数人雇って大活躍を見せている。
皆さんは、行政書士試験を受けているが基本は同じである。試験が終われば倒れ込むような勉強をしているのか、一度自分に問いかけて頂きたい。

行政書士 資格試験勉強 合格請負人の必勝道場 三木邦裕

2011年08月05日

2011年の行政書士試験合格を目指す皆様へ

数年前に教えた人から電話があり、近いうちに独立するという。彼は、サラリーマンをしながら試験勉強をして1回で合格した。そして、合格してから数年、着々と準備を重ね、8月で会社を辞め独立するというのである。
おめでとう。僕は成功を祈るのみで、事務所開きには是非、お祝いの品を持って行きたいと今から楽しみにしている。
彼は、外国人のことを仕事とするため(就労等)、中国語を学習していた。また、知的財産に特化した行政書士になりたいという。
行政書士は様々な仕事ができるが、ある方面に特化することは成功への第一歩である。
皆さんも彼に負けず、今年の試験、頑張って頂きたい。
そして、一日も早く独立して夢を叶えて欲しい。

行政書士資格試験 必勝道場 合格請負人 三木 邦裕 

2011年07月03日

行政書士 資格試験 必勝道場7月3日のコラム

よくある質問に「どうすれば会社法が強くなりますか」というのがある。僕はそのとき必ず「1つでもいいから株式投資をしてみたらいい」と答えることにしている。
僕は、中断はあるものの、もう30年近く株式投資を続けている。はじめて株式に投資したときに思ったのは「これは会社法を本格的に学習しなければ…」ということであった。
生半かなことでは勝たしてくれない。株の世界では「風が吹けば桶屋が儲かる」ということがよくある。ああなればこうなり、こう来るとああなるというカラクリを熟知していなければこの世界で勝ち抜くことはできない。
勝とうと思えば、最低限、株の仕組みを知りたくなるのは当然である。また、自分の金のことであるから、真剣になる。自分で有している知識、それも生きた知識を利用し、縦横無尽に行動することができれば、そしてその結果儲けることができれば、それは素晴らしい。
ところで、ある時の日経新聞の「私の履歴書」は、前FRB議長であるグリーンスパン氏であった。
彼の奥さんが、彼からのプロポーズに気がついたのは3回目のことだったというのが笑えた。
それだけ、FRB議長は難解な言葉使いであり、何を言いたいのかさっぱり解らないこともしばしばである。振り返れば、かのブラックマンデー当時もグリーンスパン氏であった。当時は今のようにインターネットもなく、ひたすら短波放送を聞き、新聞を読んでいた。そして、会社法の学習も地道なものであった。
翻って、ここのセミナーは易しく皆さんに知識を伝えることを使命としている。何を言っているのかさっぱり解らないようでは皆さんの胸には届かない。
何を言っているか解らない目に遭いながら一方では易しく物事を伝えていこうと思っているのは、株式に出会えたからかもしれないと僕は感謝している。しかし、皆さんはくれぐれも深みにはまって人生をあやまらないように…。

行政書士資格試験 必勝道場 合格請負人 三木 邦裕

2011年07月02日

必勝道場 7月2日のコラム

娘の先輩に「安見子」さんと名のいう人がいる。「やすみこ」と読ますそうである。
ところで、万葉集に藤原鎌足が次の歌を詠んでいる。
「吾はもや 安見児得たり 皆人の得難てにすとふ 安見児得たり」と。
藤原鎌足は、いうまでもなく、中大兄皇子(後の天智天皇)と共に大化の改新を成し遂げた歴史上の人物である。
安見児は、天皇に仕える采女(うねめ)であったが、鎌足が安見児を愛しているのを知った天智天皇が鎌足に贈ったのである。そのとき、鎌足は「一般の人が得ることができない安見児を得た、非常に嬉しい」という想いを歌ったのがこの歌である。
この喜びは想像以上であったのだろう。この歌をきいたとき、それまでの藤原鎌足のイメージがガラッと変わったことを思い出す。
勿論、僕は娘の先輩である「安見子」さんに会ったこともなければ、その後、彼女の両親に話を聴いたこともない。ただ、漠然と、「安見子」という名前は万葉集のこの歌からとったものではないかと思うだけである。
僕も娘の名について思い出がある。松尾芭蕉の弟子に河合曽良がいるが、奥の細道の中の那須の黒ばねのあたりで芭蕉と曽良は「かさね」という少女と出会う。そこで、曽良は
「かさねとは 八重撫子の 名なるべし」という俳句をひねっている。
かさねという名は八重撫子の名にふさわしい、というぐらいの意味であろう。
僕は、「風音」と書いて「かさね」と読ますのはどうか、と提案したが、母に反対された。「寂しい」というのである。
名前というのは、難しいものである。
翻って、このホームペ-ジの「必勝道場」という名を考えてみる。皆で考えた名前であるが、この名前を気に入っている。
さあ、行政書士 資格試験 勉強を続けようか。そして、今年こそ「行政書士」だ!

行政書士資格試験 必勝道場 合格請負人 三木 邦裕